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真夏の夜の夢1972
もののけワールドと少年時代
先週たまたま山口への出張があったので、ここぞとばかりに帰省して参りました。
帰省とはいっても、かつての実家だった所はすでに他人様が住んでいますので、ビジネスホテルに泊まって生まれ故郷の近くをうろついてきたというのが正確なところです。なかなか会う機会のなくなった親戚宅にお邪魔して予期せぬ説教をくらったり、高校時代の友人たちと懐かしいお酒を酌み交わしたり、短いながらも充実した時間を過ごすことができました。
私の母方の実家は山陽地方で1000年以上続く神社の家系です。
規模はそれほどでもないのですが、近郊では最古の鎮守の杜だそうです。私が幼い時分、境内には松や椎の大木が生い茂り、昼間でもひんやりと薄暗かったことを憶えています。小学校低学年の頃には夏休みになると神主である祖父の自宅に滞在することが毎年の恒例行事になっていて、近くの森で虫を捕ったり、川で小魚を追いかけていたことをとても懐かしく思い出します。
基本的には楽しい思い出ばかりなのですが、ひとつだけとても嫌だったことがあります。それは「夜のお務め」です。
文字にすると「むむ、何か色っぽい案件なのか?」というご質問もあるかもしれませんが、当然そうではありません。
祖父は神主の務めとして欠かさず朝晩2回ほど本殿に参拝するのですが、孫である私にも参拝への同行が義務付けられています。今思うと、これは祖父流のOJTだったのかもしれませんが、私には拒否する権利が1ミリも与えられていませんでした。
朝のお務めは6時スタートなので周りも明るく特に何の問題もないのですが、夜の参拝は20時スタートです。周りは真っ暗、虫の声が恐ろしいほど響いています。懐中電灯を頼りに長い石の階段を昇り、社務所のゴツい鍵をガチャガチャと開けて、廊下を通っていざ本殿へ。ロウソクの灯に浮かび上がる先には得体のしれない武将のようなリアルな置物が一対、私にものすごいプレッシャーを与えてきます。
ゆらめくロウソクの灯に照らされた祖父の威厳に満ちた横顔。いよいよ祝詞が始まり、朗々と歌うように進行していきます。何を言っているのか幼い私にはさっぱり理解できません。独特のリズム感が次第に呪術のような響きに聞こえてきます。恐ろしさのあまり目を閉じると、もののけたちがざわざわと周りを取り囲みます。
果たしてここは魔界への入口なのか?
彼はその水先案内人なのか!
それからどのくらい時間が経過したでしょうか。ようやく祝詞が終わると、今度は太鼓の連打が始まります。静寂の本堂に響き渡る祖父の力強いドラムソロ。身体中に冷汗が滲み、恐怖もいつしかクライマックスへ!
あまりにも本堂でのインパクトが強すぎたせいでしょうか、帰り道のことは不思議とほとんど憶えていません。毎晩の定例イベントであるにもかかわらず、とうとう夏休みの最後まで、慣れるというステージに到達することはできませんでした。
私にとって神主である祖父はとても神秘的な存在でした。いつも威厳に満ちていて、子供の機嫌を取るような言動は全く記憶にありません。上手く表現できませんが、何か怖いくらいに魅力的だったと言えばよいのでしょうか。こんなに崇高で不思議な存在は、今までの人生でこの人だけです。
今となっては祖父と過ごした夏休みそのものが夢か幻だったような、そんな感覚があります。
誰もいない境内に初夏の風が吹いています。
古木が伐採されて昔よりずいぶんと明るくなったんだなと思うと、少し寂しい気持ちになりました。